04 - 当座預金ってなに
話は参院選に遡る。
『あの…そろそろお休みになったほうが…』
「私のネット依存を悪化させた君が悪い」
『そんなぁ…』
C202SA はネット接続を前提にしたコンピュータだ。私はその特徴を最大限活かすため、ファイルも何もかもネットに置くよう設定してしまった。その結果、ネットの誘惑に飲まれ、Netflix や YouTube に溺れ、脳みそをトロトロに溶かしてしまっている。
「うへへ。ウォーキング・デッドを見るウォーキング・デッドでございます」
『全然笑えないですよ…』
ベッドの上で、だらけきったタコのような身体。うっすらと開いた瞳に映る光の点滅。そうしてドラマをつまみ食いするのが数日前までの私だった。けれどもここ何日か、椅子に座って、ひたすら山本太郎の街宣録画を追っている姿に C202SA は疑問を抱いていた。
『あのー、そんなに面白いんですか?その人の話』
「面白いって言うと『何が?』って言われるから言わない」
『そんな意地悪なこと聞きませんよ』
「俳優だからとか共感できるからとかそういう『先生が生徒に無理やり本を読ませて感想書かせました』みたいなクソつまんない理由に逃げたくない」
『あ、ちょっと、言葉づかいに気をつけてください』
「ごめんなさい」
『はい』
「面白い演説ってなんだろう」
『うーん…』
独り言とも禅問答ともつかないことを口にしているうちに、その日の演説を見終えた。目をこする私を心配する C202SA をよそに、なおも太郎の動画に飢えて検索をしていると、『ほれ、お前が観たいのはこれじゃろ?』と察した Google が、ひとつの動画を表示した。
【三橋貴明×山本太郎】Part1 絶対にTVでカットされる国債の真実
三橋貴明がどんな人物か 知っている人なら見向きもしない対談。けれども幸か不幸か、私は彼をほとんど知らなかったのでつい観てしまった。
データだ。データがたくさん出てくる。新しいことを知るのは楽しい。
3 本の動画に共通するメッセージは『緊縮は人を殺す』だ。Part2 で日銀に 100 兆円玉を持っていく様子を想像して笑ったり、Part3 で財務省の人々が法律に則って緊縮を続けていることも知った。問題は Part1 である。
「当座預金ってなに?」
『え』
「当座預金ってなに」
『…銀行口座の』「知らないのバカにしてるでしょ」『してませんよ!』「じゃあいまの『間』は何」『それは』「そんなことも知らねーのかよって思ったでしょ」『思ってません』「一瞬思ったでしょ」『…』「思ったんだね」『…ごめんなさい』
オーノー。なんと、その時点での私の無知さときたら、経済学入門のマンガ 『キミのお金はどこに消えるのか』 を読んでもちんぷんかんぷんなレベルだったのだ。
日銀の黒田総裁はなんか色々やったらしいぞ。一万円とは一万円分税金を払える券、とは何か。金に埋もれながら飢えている夫婦は何を意味しているのか。そんな感じで、主人公がひたすら汗を流しながら悶絶しているうちにマンガが終わってしまった。
「だって私をほっといて家族で漫才してオチを勝手につけましたちゃんちゃん♪って感じなんだもん」
『そう言われましても…』
そんな感じで入門マンガすらわからない状態のままずっとほったらかしにしていたのだが、というより何か知ったところでねえ、って気分だった。だってパックンの 『日本バイアスを外せ』 を読んでもドンヨリしただけだもん。
ところが三橋と太郎の動画では何か不思議な話をしている。経済の話なのにオッサンたちが円卓で険しい顔して『ウー』と唸ってるわけでもないし、テレビでコメンテーターが何の力もないのに「混迷する経済の出口はどこへ」なんてテキトーなこと言ってお茶を濁しているわけでもない。何より、データを厳選して説明しているところに誠実さを感じる。
ふつうは調べたことや作ったグラフは、努力の証として全部見せたくなる。けれどもそんなの誰も評価しないし、ストーリーも複雑になるだけだ。だから余計なものは断腸の思いで付録にぶち込み、渾身の一枚を黄門様の印籠とばかりに叩きつける。ははー!
チャンスだ。Google が私に『ほら、もっと勉強せなあかんよ?』と言うのが聞こえた。する!
と思ってネットで調べたところで、信用できる情報を見つけるのは今の私に不可能なので、プロの先生に学ぶことにした。とりあえずキミ金の監修をしている飯田泰之准教授の 『経済学講義』 を足がかりに、経済学の博士号を持っている先生の記事や本を読んだ。結城剛志教授の 連載、野口旭教授の アベノミクスが変えた日本経済、松尾匡教授の 講演 とか 本 等々。そして困ったときの有斐閣アルマ。日経のゼミナールシリーズとか重量級の本は読んでいると鬱々としてくるのでちょっと後回し。
何がすごいといえば、著者の先生達はなんとか理解してもらおうと苦心しているのが伝わってきたことだ。先生すごいよ、私もがんばるよ、と思った。
「えーと、日銀の黒田総裁がやったのは金融緩和で、野口教授によるとアベノミクスで不十分なのが財政出動」
『財政出動とは何ですか?』
「政府が国債を発行して雇用を作ること、でいいのかな?」
『はい。あとは需要の喚起ですね』
「そっか」
『では次の質問です。一万円札は一万円の税金を払える券、とは何ですか?』
「えーと…国定貨幣論で…」
『国定信用貨幣論』
「あ、政府が税金払えって言ったときにお金がないと払えないから、それでお金の価値が保証される」
『うーん、まあいいでしょう。では『金に埋もれながら飢えている夫婦』の意味は?』
「国の財政を家計でたとえるのがいかに間違っているかを示す比喩です」
ひと呼吸おいて、 C202SA が明るい調子で言った。『よろしい。すごいじゃないですか。まるで別人みたいですよ』
「へへへ。まあ、別人なんですけどね」
『嘘だあ』
「あはは」
私は太郎の術中にまんまとはまり、経済の仕組みに興味を持ってしまった。 C202SA にも付き合ってもらって、理解を深めていった。とはいえ、経済に詳しい人たちのいう『○○をやればいい』ほどあてにならないものはない。そこで C202SA を『現場』の生き証人に預け、返ってきた C202SA から見解をうかがうことにしたのだ。
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