16th

16 - 名は体を表す

人間も動物の一種だ、と思うのは、初めて嗅ぐ異臭を『これは人だったもののニオイだ』とわかるとき、もしくはドサリと音を聞いて『落ちたのは人間だ』とわかったとき。遺伝子に刻まれた警告音が反射的に鳴り響く。

危険だ!

今回それを察したのは人ならぬ C202SA だった。数十キロの塊が玄関に落ち、微動だにしない。身動きのとれない C202SA は、持ち主に危機が迫りながら、それを発信する機能も持たないことにただ焦り、そして無力感を抱いていた。

もし自分がスマートウォッチだったなら。


「ってな感じでものすごく疲れたのだよ」

私がスープビーフンをすすりながら、C202SA に愚痴る。ぜーんぜん食欲がない。伸び切って細切れになったそれをすくう素振りをしながら、いっこうにフォークが進まないのだ。

疲れた、疲れたというばかりの私。Netflix さえ開く気力がないのはかなりの重症だ。

「だから違う世界の人と話すのはイヤなんだ」

私は学んだ知識の良し悪しについて判断を仰ぐため、いろんな業種の人に話を聞いた。名は体を表す。サブタイトルに “Reportage” とつけたのは単なる語呂合わせだったのに、いつの間にか、本当にルポみたいになってしまった。

みんな説教が大好きだなあ!!

思わず叫びたくなるほど、聞いた人はみな説教したがった。放り込まれたエサに食いつくワニガメのように、凶暴なまでにまくしたてる持論、持論、また持論。そりゃあ政治や経済の話なんて毛嫌いされますよ。というか、本当に世の中に不満だらけなんですね、みなさん。

「はぁ…」ずぞぞ、とドロドロになったスープを一気に飲み干すと、私は長い時間お湯につかった。


歯を磨き、髪を乾かした私は再び C202SA の前に座る。ようやく整理がついたのか、ぽつぽつと話し始めた。

「日本はもう経済成長しないとか、これ以上国の借金は増やせないって思ってる人は結構いた。社会保障が足かせになってるのが理由で。還暦過ぎたあたりの人は特に」
『そうなんですか。でもあなたが勉強した内容だと増やせるんですよね?それは話さなかったんですか?』
「うーん、1000 兆円にビビって殻を閉じちゃってる感じだったから、私の見た目と知識じゃ納得してもらえないと思う。商売も知らない青二才が何言っても聞かないでしょ」
『まあ、そうですね。そうかもしれません』
「そうなんだよ」
『はい』
「会えばわかるよ。説教と自慢と昔話をしたいんだよ。だって何十年もがんばってきたのに、足腰立たなくなっても自活しろって言われたらキレるのは当然でしょ」
『うーん、じゃあどうして不満を言わないんですかね』
「今の与党じゃないと社会が大混乱するからでしょ。他の党には政権運営能力ないだろうし」
『おー、なんか政治のこと話してるっぽい』
「ちょっと、からかわないでよ」

そう。私が話した経営者や投資家は、いま私が言ったような耳学問に、知識の一角が侵食されているような印象だった。そして専門以外のことは知らないので、同じ経営者でも、個人事業者は企業の苦労を、企業は個人事業者の苦労を知らず、互いに『やつらはズルをしている』と思い込んでいる。

法人税を上げれば企業は海外に逃げる。そう思っている。それが 調査と違っていても 、県によって税金が全然違って、事業所をどこに作るかであれこれ苦しんだ経験から、税金を上げれば似たことが起きると確信している。

北欧型を理想と言いつつも、その実態はぼんやりとしか知らず、『なんか税金めちゃくちゃ取って、ゆりかごから墓場までなんだろうなー』と思い、『でも日本人は少しでも相手より上に立とうとしたがるから公平な負担を強いる北欧型なんて無理だろうなー』と思い、消費税が格差を拡大する税であってもそんな事実を受け入れることはない。金持ちも貧乏人も同じように消費すると思っているからだろうか。私は知らないけれど、バブルの頃はそうだったのかもしれない。

「とまあ、聞いてて言いたいことはたくさんあったんだけど、私は文句を言わずちゃんと聞きました!」
『偉い!』
「聞いた…」
『ああ、ちょっと、泣かないで』

青二才が何を言っても生意気だと思われるだけなので、私は我慢して聞いた。「あっ、これ進研ゼミでやったのと同じだ!」なんて、三橋の動画で出てきた話ばかりで、三橋先生すごいなあ、と見直してしまったが、目的は論破じゃない。何で、国債発行がこれ以上できない、と細胞ひとつひとつのレベルまで思っているのか、それを知りたかったからだ。

手がかりとなったのは、『国債には裏づけが必要だから』といろんなところで聞いたこと。国債の裏づけになるのは日本人の資産なので、それを上回る金額が発行されたら信用を失う、という理屈だった。

…。

「炭酸どこだっけ?」私は唐突に C202SA に聞いた。

『え?』
「急いで!シュワシュワしないとアイデアが、あー…」
『き、キッチンの下です!』

跳ね上がるように私は立ち上がり、シュワシュワを頭に叩き込むため炭酸水の確保に向かった。



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