19th

19 - 残った 568 兆円の謎

料金紛失の謎は、しばしばジョークあるいはなぞなぞの類いとして問いかけられる、擬似パラドックスの構造を持つ数学パズルストーリーである。

「これ知ってる?」
『いいえ、初めて見ました。推理クイズですか』
「うん。小学生の頃に先生から聞いて、『これが解けたら IQ 140』って言われたから、がんばって自力で解いた」
『すごいですね』
「解けたのは高校生になってから」
『…すごいですね』
「それで似たような問題を見つけたので一緒にやってみよう」
『はい』
「でも答えが合ってるかはわからない」
『…はい』

平成 29 年度「国の財務書類」の概要

「これが政府のバランスシートです」
『はい』
「平成 29 年度で資産が 670 兆円、負債が 1239 兆円。債務超過が差し引き 568 兆円」
『なんかとんでもないことになってますね』
「問題。この 568 兆円はどこへ行った?」
『え?』
「もしくは誰の懐に入った、とかでもいいけど」
『どこへ…ですか』
「ヒントは マクロバランスの式

政府収支 + 民間収支 + 海外収支 = 0

「ちなみに上の式は MMT の本 (ランダル・レイ『MMT現代貨幣理論入門』、 p.20) から持ってきてるけど、どのマクロ経済学の教科書でも同じ」
『あの…ちょっといいですか』
「なに?」
『ごめんなさい、何言ってるか全然わからないんですけど』
「え?」
『この式と債務超過に何の関係があるのかとか、そもそもこの式が何言ってるのかとか、いきなりすぎてちょっと…』
「あー、そうか。えーと、この式に書かれている 3 つの数字を足すと必ず 0 になります。必ず。なので、どこかがプラスだったら、他のどこかが必ずマイナスになります。ここまでいい?」
『足せば 0 になる、というのが重要なんですね』
「うむ!では考えてみよ」
『えー、ちょっと不親切じゃないですか?せっかちなのはあなたの悪いクセですよ』
「どこが?」
『だって情報が少なすぎますよ。ぼくがわかるのは政府収支がマイナスなんだろうなあって、なんとなく思うくらいで』
「正解」
『え?』
「正解」
『あー…。…じゃあ、政府収支が 568 兆円のマイナスで、民間収支か海外収支がプラスってことですか?』
「そのとおり」
『そんな簡単なんですか』
「だって事実だもん。たぶん平成 29 年時点で海外収支が 329 兆円のプラス なので、おそらく民間収支は 239 兆円のプラスのはず。数字が合ってるかはわかんないけど」
『貿易関係が元気なんですね』
「大西つねきによると『日本人が超がんばって何十年も積み重ねた結果』です。で、さっきも言ったとおり 3 つの数字を足すと必ず 0 になるので、もし政府収支がプラスで民間収支がマイナスになっていたら、私たちから富を吸い取る邪悪な政府かもしれない」
『あなたが動画とかでよく見てた『政府黒字が危険』って、お金が吸い取られてるからなんですね』
「うん。じゃあ第 2 問」
『え、まだあるんですか』
「そんなイヤそうな顔しないでよ」

そこで、政府と日銀のバランスシートを合体して国債を相殺すると、統合政府のバランスシートでは、資産側には何も残らず、負債側に「日銀券発行額」と資本の部に「債務超過額」が計上されることになる。(中略) その国債が消されてしまった後は、通貨価値を担保するのは政府の「債務超過」ということになる。これはどう考えればいいのだろうか。 ―― 五十嵐 敬喜『「統合政府」という誘惑』

「スティグリッツ教授が『国債を中央銀行に買わせてるなら相殺できるよ』って言ってたらしいんだけど、それをやったら謎の出来事が起きるよ、って書かれていたので、実際やってみたらたしかに謎の出来事が起きる」
『意味ありげな言い方ですね』
「とりあえず、雑だけど政府と日銀を合わせたバランスシートを作ってみました」

balancesheet
平成29年度「国の財務書類」の概要第133回事業年度(平成29年度)決算等について をもとに作成

「で、いま資産で負債を全部返してみると、たしかに銀行券と預金、返しきれなかった借金が残る。じゃあこの銀行券は一体何なんでしょう」
『何なんでしょうって、何なんですかね』
「不思議ですね。紙切れ?」
『それはまずいんじゃないでしょうか』
「実は国債だけを返した場合には 150 兆円くらい資産が残ります (670.5 - (966.9 - 448.3))。他の借金も全部返そうとすると上の文章みたいになるわけ」
『そうなんですか』
「だから国債を全部返済したら、政府資産が銀行券の担保になるんじゃないか、と思う」
『じゃあ政府資産も食いつぶしたらおしまいですかね』
「その前に、国債全部返すなんてことしたら私たちの預金が消えて国が滅びる (6 話参照)」



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