20th

20 - ヴェルヌによろしく

『税金は何のためにあるの』 を読みました」

つとめて静かに私が言う。皮膚の下で何かが震えるのを C202SA は感じ、おそるおそる『いかがでしたか?』とたずねた。

「…」

はぁー。

『熱っつ!』

思わず C202SA が叫ぶ。私の溜め息は、真夏に放置した車のような熱さだった。

「はぁー…」肺が干からびるくらいに空気を吐き出すと、そのまま何も言わず黙り込む。

早く喋れよ。

「うるさいな!」
『!?』

頭をわしわしかきむしり、大きく息を吸い込む。「ぐぎぎ…」長い長い一人芝居に、 C202SA はおろおろしながら見守るしかなかった。


「この本は、ページをめくると熱々のチリソースが漏れ出す『憤怒の書』と言えばよろしいでしょうか」
『そんなですか』
「『こんな状況で消費税上げるド畜生はくたばりやがれでございます』みたいな」
『えぇ?』
「『それにのっかるメディアも一緒に地獄へ落ちやがれでございます』みたいな」
『怒ってるんですね…』
「プロパガンダとか平然と書いてあって、表紙のほんわかした雰囲気で手に取るとびっくりする」
『ちなみに税金が何のためにあるのかわかりました?』
「小狡い富裕層から巻き上げるためですよ!」
『ええー!』
「ってこの本が訴えているように見えた」
『はぁ』
「シャウプ勧告?をきっかけに整備された税金のシステムが、政治のなかで格差を拡大する方向に破壊された、その無念が、怒りに震える著者の手脂となって紙から滲み出すようであります」
『えーと、…とにかく、激しい本なんですね』
「でも私は不満でした」
『はい?』
「話が二転三転してごめんね」
『あんまり良い本じゃなかったんですか?』
「良い本です。法人税、所得税、消費税…地方税はちょっと難しかったけど、どこに問題があるのか、提言もちゃんと書いてあって勉強になります」
『でも不満があったんですね』
「内容への不満じゃなくて、全然違うところでつながった話なんだけどさ。よく、『野党は対案を出せ』って文句言われて、実際出してるのは私も知ってます。仕事もめっちゃしてる。でもなーんか私のなかでずれてる感じがずーっとあって、何がずれてるのかわかんない、けどなんかずれてるのはわかる、この気持ちは何なんだろうってずっと思ってたんだけど、この本読んだらその理由がなんとなくわかった気がしました」
『すごい。聞かせてもらえます?』
「うん…まだうまくまとまってないけど、いい?」
『もちろんです』


「では例を出します」
『はい』
「長い手足に大きな目、でも手足は頭から出ているものなーんだ?」
『はい!?』
「なーんだ?」
『え…手足が頭から生えてる人間…』
「はぁ!?ちょ、ちょっとやめてよ気持ち悪い!なんでそんな気持ち悪いもの思いつくんだよ!」
『えぇ!?だってあなた、そういう話好きじゃないですか。SCP?とかでしたっけ』
「違います!クイズ!」
『じゃあ、悲惨な事故のあと手術で…』
「ひいいいい!ダメ!やめて!それ以上言ったら投げるよ!」
『ま、待って、ごめんなさい。わからないです…』
「まったく…。正解は、イカです!」
『あー…』
「これが私が思っていた不満の正体です。つまり、世界が将来どうなって、そのときにこの国の理想がどんな姿をしているのか全体像がわからないので、○○をしましょう、って言われても、意図がわからなかったのです。私が知りたいのは個別の政策じゃなくて全体像」
『なるほど…』
「ジョージ・オーウェルのディストピアでも、ドラえもんの 22 世紀でもいいけど、どんな未来なのか、大枠を言わないので、地方分権がどうのとか、福祉がどうのとか、再生エネルギーがどうのとか、自発的な政策がどうのって言われても、その国がどんなかたちをしているのかつかめないから不安になります」
『そうですね…』
「ちなみに室町時代の庭師は、自分の作った庭が千年後にどんな形になるか予想して作ってた、っていう話をどっかで読んだ」
『千年後ですか!?天才ですね』
「もっと昔の時代かもしれないけど、とにかく京の庭師。で、さっき私が聞いて不安になった政策は、『いま』の世界で理想のこの国のかたち、を目指しているニオイがします。なぜなら未来でどんな産業が流行っているのか言わないから」
『あなたは言えます?』
「太郎の政策だったら土木。南海トラフ対策だけでも60兆円 くらいかかるので。他の国で何が流行るかは知らない。 60 兆円て法外な値段に見えるけど、国家予算の 4% 以上をつぎこんだ戦艦大和!って言っても当時の金額で 1 億 4000 万円。そんな感じで、この国が成長していけば、将来、『たった 1000 兆円が惜しくて何十万人も自殺させたのか』って笑い話にしてくれる。全然笑えないけど」
『成長すれば』
「うん。私が話を聞いた人は『この国は経済成長しない』『少子高齢化は止まらない』『これ以上借金は増やせない』っていう前提に立っている人が多いように感じた。私が作った『わら人形』かもしれないけど。でもそれだと心がどんどん先細りして、富裕税だとかエサの奪い合いになる。大人がそんな醜い争いしてたら、子供だって死にたくもなるよ」

欧米の主要国の同年代の若者はいずれも事故死の方が多く、日本だけが事故死の2倍以上もの若者が自殺している状況は異常としか言いようがない。

「で、私はアホなので、いまの状況でも借金あと 2000 兆円くらいは余裕で増やせるんじゃないかと思ってます」
『大きく出ましたね』
「毎年 50 兆円の財政出動を 20 年で 1000 兆円。なんか 1000 兆円あれば大抵の社会問題が解決する気がする。鹿島の CM でさ、『ホタルがみえる新宿〜』とかあるじゃん」
『ホタルは渋谷です…』
「😤」
『…すみません』
「で、私も考えたんだ。電車のドアが開くと、赤ちゃんと親御さんでいーっぱい。『おっと、ここは子ども専用車両だったか』って」
『え、なんか、すごくいいですよそれ』
「でしょ?皇居の周りでパワードスーツを身につけた 90 歳のおばあさんが走ってたり」
『いいですねー。他には?』
「毎年の健康検査で数値が正常だったら、その分還付金をもらえます。全項目パスで合計 6 万円」
『わあ!』
「一家 4 人全員健康なら毎年 24 万円にもなります」
『すごい!』
「日々の健康はスマートウォッチで確認できます。AI は入ってるけど、個人のコンピュータで管理するのでプライバシーは守られる」
『よくありそうな話』
「👹」
『ごめんなさい。他には?』
「ええと、災害が起きるたびに予算がついて再開発されるから、みんな『早く台風来ないかな』みたいに思えるようになる。あ、もちろん避難所は高級ホテル!」
『みんな一斉に駆け込みますね。あ…お値段は』
「無料に決まってるでしょ」
『それなら台風来いってなりますね。なんか休校目当ての生徒みたいで面白いです』
「通信技術もどんどん発達して、深海で在宅勤務する人も出てくるかも」
『どうしてそんなとこに』
「人に会わなくていいし災害に強い。倉庫としても人気なので、貴重な財産を失いたくない人におすすめです」
『なるほど…』
「秘密の会議もネットで行えるように、あとは国防のために暗号技術が必要だから、数学者が超高給の人気職になる」
『ちゃんとそのあたりも考えてるんですね』
「もちろん。地球のコアから金属を取り出す技術が確立して、スペースコロニーみたいな宇宙の家ができてたり」
『夢がありますねぇ』
「ね。夢があるでしょ。いつまでも人の命を買い叩いていたら、どんなに良い商品作っても、買える人がいなくなっちゃうよ。儲けるためには買ってくれる人が必要なんだからさ、その人たちが買えるようにちゃんとした仕事を増やそう」
『そうですね』
「そうして私は自分の意思でケチな暮らしをしたい」
『結局そこですか』



– 了 –



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